for all bulmic imitators.

とある平凡な社会人によるメモの集積

Alva Noto, Transform (2008)

 Alva NotoTranfsormを聴く。

Transform

Transform

 

たまたまディスクユニオンで売っていたので買ったというだけ。

確かに硬質で知的な音楽ではある。しかしどこか滑稽さもある。「ファニー」だな、という強い印象を抱いたのである。それは、例えば池田亮司の『+/-』に比べて、音への没入を目論んだ作品であることが関係しているように思われる。使用している音素自体は非常にシンプルでミニマルなのだが、その組み合わせ方が「よくある音楽」のようで、音素をそのままピアノ、ベース、ドラムに変換したらありふれたシャレオツポップミュージックになる。つまり聞きやすい音楽を、形を変えて真面目にやっていることがどことなく滑稽に感じられたのだと思う。

だから『+/-』のような日常と地続きであるという印象は薄いし、聴いていてあまり興奮もしなかった。あと、使っている音素は『+/-』と大差なく、おおざっぱに言えば、短い打音(「トン」とか「グッ」ってやつ)とホワイトノイズや長短の波音(「ピー」とか「サー」とか「ブンブンブン」みたいな)やつだったから、あんま変わってないじゃんとも思ったのであった。ただ彼は、放射線量を計測してそれを任意の操作によって音に変換するというような、単に音を聴いただけでは評価しきれないこともやっているので、ちゃんと制作背景も含めて考えなくてはとも思う。

Francisco Tárrega, Capricho árabe

youtu.be

「アラビア奇想曲」、良い。スペインのギター奏者、作曲家フランシスコ・タレガ(1852-1909)による曲、David Russelによる演奏。一つのモチーフが様相を変えて何度もやってくる。差異を伴った反復。ウィキペディアによると、当時は伴奏楽器に過ぎなかったギターを独奏楽器、つまりメインのメロディを奏でつつ、伴奏も行う楽器に仕立てあげた人物だという。彼はスペインで生きた人物だが、確かにスペインにはいわゆるスパニッシュ・ギターがあり、それはもっぱら伴奏をするギターだ。その地で(こそ?)、タレガのような才能が出現したことは興味深い。また彼が音楽の専門教育を受けていたことは見逃せない。

さらに興味をもったのは、彼が単にギタリストであるだけではなく、作曲家でもあったということ。理想的な音楽のために、曲まで作る。そして彼の曲の多くはいまでも色々な機会に聞くことも多く、実はかなり馴染み深い。ギターの歴史はいろいろ調べて見たいところ。

Linda Sieg, "Japan protests against U.N. expert's queries on bill to fight terrorism," Reuter, 22 May 2017.

www.reuters.com

jp.reuters.com

The content of the May 18 letter from Cannataci was "clearly inappropriate and we strongly protested," Suga said.

 英語版のロイターの記事ではこれだけしか言及されていないが、日本版の記事では、

官房長官は「特別報告者という立場は独立した個人の資格で人権状況の調査報告を行う立場であり、国連の立場を反映するものではない」と強調。「プライバシーの権利や表現の自由などを不当に制約する恣意的運用がなされるということはまったく当たらない」との見方を示した。

との言及がある。国連の特別報告者(U.N. special rapporteur)の勧告が、どれだけ法的拘束力を持つのか、確かに微妙なところであると思われる。

The protest by Chief Cabinet Secretary Yoshihide Suga drew a stiff rejoinder from Joseph Cannataci, U.N. special rapporteur on the right to privacy, who blasted Suga's comments as "angry words" with "no substance" in an email to Reuters.

 日本版の記事にはないが、英語版ロイターの記者(Linda Sieg)が取り上げているように、菅官房長官の批判が、単なる怒りの言葉でしかなく、中身がないということがなによりの問題である。勧告を批判しようにも、そもそも法案の規定自体が非常に空疎(ゆえに危険)かつ恣意的なものであり、かつ日本の国会での説明やメディアへの説明は論理などなくとも通用してしまうことが、国連の特別報告者とのコミュニケーションを通じて改めて認識される。

Caroline Davies, "Princess Mako of Japan to lose royal status by marrying commoner," The Guardian, 18 May 2017.

 ガーディアン紙の記事。

www.theguardian.com

NHKによる内親王の婚約報道は、共謀罪強行採決加計学園への首相の口利き問題発覚と同タイミングで行われ、明らかに政治的な情報操作であることが、日本においては必ずしも多いとは言えない人々から指摘されていた。ガーディアン紙のこの記事は、その問題ではなく、むしろ内親王が皇族ではなく一般人と婚約する場合、彼女の皇族としての地位が剥奪されることに焦点を当て、日本の法制度的かつ文化的な男性中心主義を批判しており、興味深かった。改めて外国語で--この場合は英語で--日本の男性中心主義を指摘されると、日頃から自分でもそのことは意識しているはずなのに、不意を突かれたような気になる。おそらくそれは、実は自分が外国の日本に対する眼差しを強く意識していないからということだろう。

Ryoji Ikeda『+/-』(1996)

Ryoji Ikeda『+/-』を聴く。 

+/-

+/-

 

 最近、いろいろと実験音楽に触れる機会があり、興味も強くなってきたのでこれを機にあれこれ聴いてみようと思った。それで最初に選んだのが池田亮司のこれ。

とてもいい。"headphonics"の聴きやすさに対し、"+" や "-" たちの途方もなさ。"+" は打音というかクリック音が主役だが、"-" の方は金属的な短音群を下地にした音波がメイン。聴いていて思ったのは、まったく「同化」させないというか、のめり込ませないということだった。シンプルな電子音なので当たり前と言われればそれはそうなのだが、音を真面目に聴いていても自分の生活の感覚が消え去るようなことはない。ある程度、異質さはあるが、スピーカーで流して聴いていても周囲の環境音とぶつかりあうことがない。

しっかりとした根拠や考察抜きの憶測でしかないが、それは、自分の生活のなかにかなりの電子音があるからではないか。また電子音だけではなく、機械的なノイズも。あらゆる電子機器から流れてくる音、その起動音や動作音。"headphonics"の低音は、冷蔵庫や洗濯機などの生活家電の動作音のよう。

単に「慣れ」の問題として語って終わらせたくはないので、まだまだ聴いてみて(いろんな再生機器でも)考えたいと思う。実験音楽には疎かったが、これから多聴してゆきたい。注文したCDも近いうちに届くはずなので。

キンバリー・パース『ボーイズ・ドント・クライ』

キンバリー・パース監督の『ボーイズ・ドント・クライ』(Kimbery Peirce, Boys Don’t Cry, 1999)を観た。

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ブランドン・ティーナというトランス男性の実話をもとにつくられた作品。どれだけ事実に即しているのだろうか気になるところ。いろいろと調べたい。ブランドンのウィキペディアが充実している。

アメリカの地方の文化や雰囲気、軽犯罪、ホモフォビア、トランスフォビア、メディアと警察権力が複雑に絡まりあった事件であったのだということが窺い知れる。この作品では、加害者の二人は頭のおかしい人物であることが強調されていたが、それは確かにそうだろうと思いつつ、でも彼らの動機というか心理をもっと掘り下げて考えることもできるのではないかという印象を抱いた。つまり、単なるヘイトの問題ではなく、ということ。なんとなく鍵は「男性性」なのだろうという気がする。

終盤のむごいシーンは直視できなかった。久しぶりにこんな経験を味わった。ただ、最後の銃殺のシーンはそれほどでもなかったのだが、それはなぜなのだろう。大体結末がわかっているからだろうか。

(5/11/2017)

坂本龍一 「設置音楽展 async」@ワタリウム美術館

坂本龍一 「設置音楽展 async」@ワタリウム美術館、行ってきた。

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http://www.watarium.co.jp/exhibition/1704sakamoto/index.html

いい音で聴けて良かったし、特に高谷史郎の映像が良かった。アルバム「async」のジャケにもなってるあのイメージ。おそらく坂本龍一の自宅かスタジオの風景写真が、端から平行線に分解されてゆく。その線が絡みあって、織物が流れ動いて、またそこから新しい写真があらわれる。このアルバムの音の積み重ね方とパラレルなものがあるのだと思う。

この展示での経験は時間をかけて考えたいと思う。

(4/30/2017)

 

*追記

そういえば、2Fで素晴らしい再生機材環境のもと曲が流されていて、来場者は座って聴かなければいけないことになっていたが、あそこで自由に動き回れたらよかったかなと今更思った。

(5/13/2017)