生活の再建、ほか

生活を再建する。しかしどうやって?

あ、関係ないけど、いまものすごくフィクションを書きたい。少女と女性の出会い、お互いがお互いをどう思っているかそれぞれの目線から書くけど、そのことは他方には伝わらない。出会いといっても、あるトラブルから偶然一緒にいることになっただけで、心理的に距離がある。興味がないというわけではないが、別に積極的に素人も思わないという。できれば、そこから仲良くなることなく、ふとしたことから急に離れ離れになってほしい。そんなフィクションを書きたい。こういうのを書く時って、どれだけ事前勉強するんだろうか。少女の気持ちってどう調べればいいのか。想像力?

ちなみにこの設定は、先日電車でたまたま近くに少女が一人でいて、場所的な問題のためかなんか近いけど、別に話すわけでもないし向こうは興味あるわけではないし、けどこちらは気にせざるを得ないという状況に遭遇したのをきっかけに思い付いた。何を思っていたのか知らないが、一度、シミュレートしてみたいなと思ったのだった。書いてみようと思い立ったものの、参考となる本やモデルとなる作家、スタイルが思いつかない。普通ならこういうふうに書きたいなという欲望があって、とりあえず真似てみるとか翻案のような形で作ってみるんだろうけど、学も教養のない自分はどうしたらいいのかわからない。

しかしこれから書くものがとりあえずナイーヴなものであって、決して自信をもって人に見せるようなものではないことははっきりとわかる。だから誰もみないけど、誰かが読むかもしれないという緊張も少しある、このブログに書いてみたいと思った。あ、そうそう、なぜ少女かということだけど、もうひとつ理由のようなものに思い当たった。ちなみに自分はかつてロリコンであったことはなかったし、別に転向でもなんでもない。最近、ルイス・キャロル関係の本を読んでいて、いろいろ思うことがあったからかなと思う。

Meet the real Alice in Wonderland

 

タイトルから大きくそれることになったので、「、ほか」とつけて修正。

daily things in easy English

Today I have English lesson in which I have to focus on speaking and listening skills. I have been there from several weeks ago, and I got used to it. But I have a sad thing. In speaking time, when I said "I can't do that," the other student listened it as "I can do that" and couldn't make sense, then ask me "you can?" I think there are no such sad things than it, because of my pronunciation, I transmitted the student the opposite of what I want to say. And for simplest and easiest word... On the way of going home, I was in deep deep sorrow.

In a lecture about dance, a lecturer tells us that moves of tongue is a dance, which is deeply choreographed by the speaker's language.  A dance of tongue. If it is so, my tongue needs dechoreographing and rechoreographing to dance in English. 

Matisse

アンリ・マティス《ダンス2》(1909-1910)

好きな絵。特に左下の二人の手、左の人の体がよい。

sos

優秀な同僚や先輩たちがどんどん成果を出していって、どんどん交流を広げていって、どんどんいい機会を得ている。

 

自分はまだなにがやりたいのかよくわからず、××中心主義者の抑圧に屈して方向性を見失い、果てにはいままでかすかながらに溜めてきたものをすべて放り出して他のところにいってしまおうとさえ思っていた。

 

ここに来るのは早すぎた。いつも思うことはこの一言に尽きる。自分の外殻ができあがってないうちから、激しくぶつかり合うところに来てしまったので、もろにダメージを受けている。

 

しかも逃げるにしてもその脚力がない。その脚力を鍛える時間もなさそう。息苦しくて死にそう。

 

肝心の相談者は、そもそも気性が合わないし、みんな問題にしないけど抑圧的だし、野暮だしで、なんの助けにもならない。すくなくとも自分には。

「smashing egg」の画像検索結果

所感

大したことないなと思っている人から大したことのない批判などを頂戴したくない。だから気を付けて、いろいろ周到に考え、準備しなくてはならない。

 

蟻地獄を作る。中心にいる私を捕まえないかぎり、下手な攻撃はむしろこちらの思うつぼというくらいの大きな巣を作る。

 

しかし真に立ち向かうべきは中心にいる私をつくことのできる人たちであって、巣にかかるザコを相手にするような時間は私の人生にはない。

生まれと育ち

生まれと育ちの悪さを自覚させられる出来事が続く。「良い、悪いなんて相対的なものに過ぎない」。そう言う人はいるかもしれない。本当にそうならこの世界がこの姿かたちで成立しているはずがない。イデオロギーだと言ってみたところで、そんなのは気休めにしかならない。生まれも育ちも悪い人間が、生まれも育ちも良い人間といろんな面で同等になることはないのだし、「知的労働」なるものに携わる人間にとってこの差は非常に深刻である。確かに努力によってこの差はどうにかすることができる。しかし、そうしてみても、生まれと育ちの良さへ憧れているという事実はどうしようもないし、この憧れとそれに対する反発を同時に抱えることで自己形成をしてきたことは決して無に帰すことはない。「自己を見つめよ、現状を正しく認識することから批評が始まるのだ」。そうなのだろう。特に批判する気はない。だがそれは痛く、辛いことでもある。

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黴は美しい。時間の堆積を見せてくれるから。美しく積み重なったものは、乱暴に壊したくさせるような引力を備えている。指でなぞって壊してみたくなる。その魅惑を引き受けつつ、それでもじっと耐えて見続けることに黴との対峙における快楽がある。

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